算命学で見ると双子や三つ子の運命は同じなのか?三柱の干支はある意味四捨五入で算出されている。

算命学は、誕生日から干支を算出して鑑定します。それなら、当然同じ誕生日の人は全く同じ宿命図の書き方になります。

では、同じ誕生日に生まれる子供の運命は皆同じになるのでしょうか。

算命学では、同じ誕生日であっても、生まれた時の環境、どんな幼少期を送っているかによっても運命が変わると言われています。

そうなると、同じ日に生まれても育つ環境が違えば、運命は変わると言う意味になります。でも、双子の場合なら両親は同じで、環境も同じです。それならば、なぜ別々の運命になるのでしょうか。

最初に、双子でも異性であれば大運の向きは逆なので、男女の場合は全く違う運命になります。同性で同じ誕生日でも「兄と弟」「姉と妹」という区別は出来ます。

そうなると、宿命に出ている星の稼働に関して差が出てきます。兄の場所と弟の場所は分かれているからです。

従星についても、長男や長女のほうが発揮しやすい星もありますし、細微な差が積もれば、宿命に影響すると考えます。

先生の中には、長子を陽に例えて、次子を陰として鑑定する人もいます。両親や異常干支との兼ね合いをみて、陽転なのか陰転なのかを判断していくと言います。

でも、そもそも双子の例は少なく、過去の歴史においても検証しきれている部分は少ないと個人的に思っています。

次に、同じ誕生日で同じ時刻なら全て同じ干支になります。律音となるので、日干支同士の律音は、運気の奪い合いとなると言われます。

どちらか一方が支える立場にならないといけないという事です。

芸能人でも何組か見てみると、結局はどちらかは別の役割をしているし、全く同じ人生ではないと思えます。陽になる役、陰になる役。といった具合に、別々の役割です。

でも全く別々の道を選んでいる双子もいます。人は生まれた時に、この地球の五行の気を浴びていると考えます。

長子と同じように、次に生まれた人も同じように五行の気を浴びて生まれている中で、どこか雰囲気は違います。

例えば、シャワーを浴びている時、水の粒が体に当たる場所というのは毎回違います。

それは水圧であったり、体の細微な震えだったりと、寸分の狂いもなく全く同じ時間で全く同じ位置、姿勢で生まれない限りは、全く同じような五行の気が揃うという事はないはずです。

つまり、同じ誕生日で同じ場所、数秒差で生まれている双子でも、全く同じ影響を受けて地球に誕生する事はないという事になります。まして数分の差ならもっと。

そうなると、人生に大なり小なり違う影響は出ます。その差の大小によっては、命運は変わっていくように思います。

シャワーの水粒がでる順序も、日干支の濃淡や色合いも、あくまでも細微な数値までずっと同じように計測されて算出されている訳ではないのです。そうならば、宿命の干支は大まかに算出されています。

数値で言えば、毎回「10」丁度と算出しているようなもので、本来は「10,2」かもしれないし「10,4」、場合によっては「10,9」と次の干支に近い11に近い場合もあるでしょう。

双子で誕生日が同じだとしても、小数点以下まで同じになる宿命はないと言うことになります。今使われている干支単位の理論では、そこまで細かく算出できないし、計算し尽くす事もできないという訳です。

同じメニューを頼んでも、全く同じ量で、成分やカロリーまで全く同じ食事はないはずです。花も同じく、同じ品種ならば同じように咲きますが、模様もサイズも微妙に違います。

でも、人の好みによって、小さい花を選ぶ人もいれば、大きい花を選ぶ人もいます。そこで運命は分かれています。

三柱の干支が同じでも、実は干支の細かい部分に、それぞれ微妙に省略されたカラー(個性)もあるという事になります。

本来は小数点以下の箇所のように、細かく分類する部分があるという事です。そこまで細かく分類できれば、本当は全く同じ宿命図を持った人はいないという事になります。

甲子で例えると、甲というものにも細かな分類があって、子にも細かく分類があるという事になります。

でも細かく分類し続けても、その数値自体(時刻を含)が合っているか分からないし、算出できないし、細かく分類すると、判断すべき場所が広がり過ぎてしまう事になります。

例えば、四柱推命だと時柱を設定します。でも、双子なら同じ時間に生まれる事も多いので、分柱と秒柱を作れば、同じ宿命図はないのです。

逆に言えば、日柱にはそれが凝縮されているような感じです。算命学の場合は、日柱までが範囲なので、双子について質問された時に、細かなの宿命図の代わりに、冒頭の方法を使っているのです。

本来、宿命はそれぞれ違っていて、算出される三つの干支は、ある程度分けられた干支であって、それをを三つ並べているのです。

本来の宿命は、その人だけのオリジナルなのです。同じ宿命図はないのです。

でも時間を性格に測れないですし、どのみち細か過ぎて解読できないので、鑑定ができないことになります。正確な情報は生年月日だけなので、三干支が良いのだと思います。

人間である以上、限界があり、分類し過ぎても鑑定を超えた範囲になるので意味がないのです。なので、今のままで十分と言う事になります。

でも、もしそれがあるという事になれば、同じ宿命図はこの世にないので、双子であるとしても、同じ運命にはならないという事になります。

なので、本当は同じ誕生日に生まれても、宿命図は同じではないけど、同じ干支に収められているという事になります。同じ日に生まれても、宿命図は本当は微妙に違うという訳です。

算命学で「同じ日に生まれた人でもなぜ運命が違うの?」という質問があるなら、超細かい所で言えば、宿命図が本当は違うからという事になります。

微妙な分は省いて、正確な所だけで占っているからこそ、双子の命運が同じにならない理由が分からないとも言えます。

戻って、誕生日が同じ人や双子の運命は同じなのか?という事に関しては、似ている運勢でも、同じではないという事になります。

同じような生活をしていても、役割分担をしていて、微妙に違っている事もあれば、大幅に変わる事もあります。

カテゴリー: コラム, 人間関係, 共通干支, 占星術, 家庭, 異常干支 パーマリンク