自由意志の有無について

私が初めて占星術を学び始めた時は、立ち直れないくらい強いショックも受けましたが、同時に深い感銘も受けました。

なぜ、占星術は当たることが多いのか?

という事については、その個人が宿命図通りの人生を歩んでいるという証明であり、人は生年月日だけでここまで人生が決まっているのかと思ってしまうほど程の衝撃でした。

算命学では、宇宙が創生される時、火の五行(神界五行)が最初に宇宙創生の基礎を築いたと考えられています。光の海であった宇宙から、徐々に他の五行が作られていき、長い年月をかけて今の宇宙と地球が属する太陽系が出来上がったと考えられているのです。

古代の中国人は、その太陽系にある木星が十二年で元の場所に戻ると言う法則性を見つけ、それが今の干支暦に繋がったと言います。

宇宙のみならず、人間も含めた全ての生命も、この五行から成り立っているのです。この五行とは宇宙が作られたの同じく五行(粒子)です。

そして、宇宙はその流れを地球に影響を与えていると言えます。人間というのは、この五行の複雑な構成で成り立っている塊です。

全ては目に見えない何かで構成されている

人間だけではなく、目の前にある机とかペンとか、時計や車、全ての存在は五行の粒子が寄り固まってできているものです。

つまり、分解すれば全ての存在は目に見えない細かな五行の粒子であり、その粒子は宇宙を創生した五行の粒子でもあるのです。

この粒子というのは、粒子同士でも反応し合います。人間は1日に何万回も意思決定をすると言われています。目の前に流れてくる文字、映像や人の表情にも五行があり、その五行はそれぞれ独自の形をとって複雑に反応しあっています。

自分の意思を決定するのは、その一瞬一瞬にある、五行と五行の反応であり、目の前に見たたった一つの文字でさえ、自分の行動に影響を与えているのだと思っています。

無限に続く化学反応

例えば、「美味しい」という文字の五行の配分に、人間という五行の塊が反応し、その人個人にとってその独自の反応と行動を促します。

それが人によって、美味しいものをイメージしたり、無心に読み切るだけだったり、その宿命に合わせて、その人の無意識(五行)に入り込んでいきます。

その化学反応は止まる事なく、文字の続きを読み続けたり、顔を上げて別の本を読み始めたり、人によって読書をやめたり、外出するか、料理を始めるためにキッチンに向かうのか、何もしないのか、それぞれの反応をします。

時計をみたり、ペンを走らせたりする人もいます。そのひとつひとつの行動は五行の反応の積み重ねであり、影響が少ない様に見えても、その反応の結果は本人の生き方に繋がっているのだと思います。

つまり、目の前の全ての五行は、大小関係なく本人の人生を作ってくのだと感じます(ここはあくまでも個人的な考えです)。

占星術を学んでいると、「人間には自由意志はあるのか」という疑問が出てきますが、理論で言えば、結局人間は小さな粒子の集合体のはずです。粒子に意思はありません。宇宙からの何かしらの影響を受けているだけの粒子の塊です。

そうならば、果たして「その人の脳は意思を持つのであろうか」という事です。占星術が当たるというのは、結局、宇宙の影響を受け続けている太陽系と粒子の集合体が、五行と五行の連続で無限に反応し続けているだけだからなのではないかと思います。

これらは、あくまでも私個人の勝手な見解になります。もし自由意志がないのだとすれば、どこかで人生を後悔している人がいたとしても、ある程度は命運として決まっていたのだと思えれば、多少は心の後悔も減るのではないでしょうか。

西洋の捉え方と東洋での捉え方

占星術をやっている人の中には、自由意志がないという人もいれば、大方は宿命として決まっているという人もいます。西洋占星術の権威である、アランレオは、元々は自由意志に否定的でしたが、宗教上の弾圧によって、それを現代占星術にアレンジしたと言われています。

この西洋占星術(モダン占星術)では、ホロスコープから個人の性質を読み解き、本人の目的に合った生き方をするように鑑定していくスタイルになります。つまり西洋占星術は、自由意志によって人生は作られるという考え方です。

一方で、自由意志があるという事になれば、「粒子の集合体がどうやって意思を生み出すのか」という疑問が出てきます。同時に、宇宙の流れに抵抗できるという事になります。そうなれば、本来占星術は当たらないという事になります。

同時に、占星術が外れる時というのは、おそらく大抵は読み間違いなのだと思っています。もしくは、普通の人間では完全に的確な解読はできないという事になります。

そして、占星術は永遠に未完成な学問という事になります。どのみち、私には一生かけても到底できない事だということを思い知らされます。

ちなみに、私の通う塾では、算命学では自由意志はあるという事になっています。ですので、私の鑑定では、自由意志の有と無、両方の立場から、鑑定する事を心がける様にしています。

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乙亥の女性

日座天中殺は六十干支の中で11番目(甲戌)と12番目(乙亥)の干支を示す。

下記は日座天中殺の女性。若くして中年の男性と恋愛(同棲)を経験するも破綻。その後しばらく恋愛を嫌厭。これは日座天中殺の解説でよく出てくる内容。

甲(石門星)庚(牽牛星)
壬(玉堂星)庚(牽牛星)丁(鳳閣星)
青文字は中殺現象の星

女性と生家

日座天中殺の特徴として、蓄積の困難が挙げられる。

心を許せる人が出来にくかったり、長い友人関係を維持するのが難しい。その結果、友人よりも親兄弟(生家)と過ごすことが多くなる。当時、生家を基盤として生活している。

長い付き合いでは、結婚や共通干支などの相性が必要になる。

一方で、生月中殺が家系の困難を示唆している。家庭環境は不遇で、あまり居心地はよくないと言う。親兄弟の命運もあるため、生月中殺の影響だけにはできないが、検討は重要。

日年の乙庚(月支金)の干合も特徴。干合が影響すると、大なり小なり目上や父親との関係に変化が出る。

本人談によると、母親の存在を大事に思っている。日支の玉堂星で母親と縁深く、特に兄弟や母親とのつながりを非常に大切にしているが、父親との関係は難しいと感じている。この時期は、現実欲があり、自身の欲する環境を手にしたいと切望。

それでも、日座天中殺(乙亥)は、既存現実を生きるのが難しい干支。開運のヒント精神(霊魂)の望みを知る事。

算命学でいう霊魂の望みとは、現実に未練がなくなり、本当の生き方を目指す事。本物の火を灯すは、消えない光を宿す事。現実欲の燃料はきれても、魂の燃料は尽きることがない。

現実欲と霊魂

例えば、資産が無限にあって全ての人間関係に恵まれたとすると、多くの人は不動産を買い、豪遊し続けると言われる。でも、ある一定まで達するとそれは飽和する。ヒントとは、その先にある。

心理学で言えば、人間は自分が満たされることで、他人へ奉仕する気持ちが出てくる。つまり、衣食住や人間関係(友人や恋人、子供など全てを含む)に満足しつくすと、他者へ自分力を使って人助けをしたいと思うようになるという。

霊魂の道を知るということは、この説明に似ている。

現実欲はきりがない上、運良くこれを満たせた場合でも、無念に打ちひしがれた場合でも、それを乗り越えた先にある霊魂の道に進むことが一種の幸福であり、本当の人生を生きるということになる。

日座天中殺の特徴として、一般的な現実欲が満たされにくいという事は、周囲が見つめる現実欲を同じように見つめず、周囲の雑念にとらわれないことが重要。同時に、本人にとって必要なものを手にいれるためには、使命に生きる方が早いという事になるようだ。

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古典占星術のプロフェクションと算命学の年運法の比較

プロフェクションで今年の運気を見てみると、私の場合は2ハウスです。2ハウスは牡牛座なので金星がロードになります。2ハウスは財運を司ります。算命学(四柱推命でも)で見てみると今年の年運は丙午なので日干「壬」の私は「禄存星(偏財)の年」になります。しかし、天中殺なので、財を失うという意味になります。

ご存じの通り、金星は金運や恋愛運を司ります。ここで、年運の禄存星(偏財)と比較すると、同じ意味になります。禄存星(偏財)は父親や、愛人の星です。そして流動財を示します。ちなみに不動産も示します。

ここまで見てみると、2ハウスの意味と支配星の金星と一致しています。私の今年1年のテーマは金銭と恋愛になる可能性が出てきます。ちなみに太陽回帰図(ソーラーリターン図)では7ハウスに金星がありますので、恋愛関係とも取れますが、何かしらの交際費で出費するとも取れます。さらに、2ハウスに天王星がありますので、ルーラーの金星と重ねると、突然の出費を意味します。禄存星(偏財)も同様に出費です。

さらに、私は日干”壬”ですので、丁と丙が「司禄星(正財)と禄存星(偏財)」になります。禄存星(偏財)は恋人の星になりますので、7ハウスの金星というのは、ある程度一致しています。7ハウスは恋人も示しますが、7ハウスの支配星がどこにあるかによっても、その関係は違ってきます。

7ハウスの支配星の場所はパートナーと出会う場所を示したりもしますが、私生活でのパートナーは、太陽と月の位置で見る方が当たっている気がするからです。7ハウスは配偶者や恋人だけを示しているわけではなく、例えば仕事で右腕となる人や、私生活で影響力を持つ人とも言えるからです。

そして、私は干合となる”丁”をもっていないので、”丙”がその代行をしています。その丙は年干にありますので、仕事関係と捉えられます。また、私の金星は10ハウス(職業)にありますので、仕事関係で金星の影響が出るとも言えます。そして、金星は天王星に影響を与えています。

ハームサムを見てみると、金星と天王星に太陽とのアスペクトが出ています。金星と天王星のハームサムは別名”恋愛軸”です。恋愛と書いてありますが、恋愛もしくは金銭です。この時期は恋愛だけではなく、金銭を浪費したりします。そして、金星と天王星は突発的な出会いや出費も示します。

アスペクトしている太陽は目上や自我を示しますし、天王星とオポジションになっていますので、目上との離反を意味します。天中殺(禄存星)なので、金銭を失ったり、離別を意味するようです。私は7月からインド占星術では金星マハダシャーのアンタル太陽なので、これも目上との離反ともとれます。太陽は8ハウスと9ハウスにあります。

金星期の太陽は傲慢になる時期だと書かれています。金星期と太陽期では目上との関係に注意しなければなりません。太陽アンタルが始まるのは今年の7月になりますが、算命学で見ると7月運は中央大半会です。ここまで一致する事が多くなると、色々と身構えてしまいます。不安だ…。ちなみに偏財が亡殺されると、引っ越しや転勤を意味することもあります。

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