
“守護神”は、本人の宿命が中庸を保てるように算定される要素です。
守護神の種類にも幾つかありますが、結局はバランスを保つ為にあります。そして、守護神は、現実世界を生き抜く為に定められています。
まず、宿命に算出された星々は、本人にとって生きる際に必要な星なので算出されています。本来は、この宿命通りに生きる事で天命を全うできるという事になります。
さらに、バランスの取れた宿命ならば、生きていて矛盾を感じる事も少なくなります。
でも、バランスが偏っている宿命なら、あるがままに生きるという事については、時に世の中で生き辛いと感じる事もあるはずです。
算命学では、最終的には精神的な生き方が推奨されます。精神的に生きるためには、精神の方向を向かなければならないものの、現実を無視する事はできません。
ですので、本来は精神的に生きるという事は、今すぐできるという事ではないのです。宿命で、現実重視タイプならば、なおさらです。
この場合、精神の方向を意識するためには、ある種の現実を終える事になります。簡単にいうと、“悩んで悟る”という事です。

例えば、理由はあれど、炎上して叩かれた芸能人の中で、その後本人の運命が一変する人とか、前に比べてどこか雰囲気や性格が変わった人もいると思います。
その場合、色々な現実に悩んだりしながら、精神的な生き方に目を向ける段階を経験したと言えます。
現実に悩むというのは、現実の行き止まりにいるとも言えます。現実には限りがあるからです。例えば、世界で一位をとれる人は、一人だけです。
そうなると、他の人には一位になるという現実を目指しても、そこに到達できずに現実が終わります。一位になる事だけを目標にしてきた人にとっては、おそらくその現実は相当な苦悩のはずです。
人はそこで悩みますが、最終的には次にどうするか答えを出して、精神的に、時には現実を振り返りながらも歩んでいきます。
時に、今の現実を生きようとすると、偏りのある宿命なら、現実をいきぬくには少々ハードな時もあります。
というか、ほとんどの人の場合、バランスよく整っている宿命が多いわけではありません。バランスが整ってても、欠けてしまう時もあります。
この時のための守護神であり、現代社会の”現実”を生きやすくするために、守護神を立てて”バランスを取る”ということになります。
もし守護神が全くなければ、早い段階で精神的な生き方に向かう可能性もあります。



