
世間一般でいう平和とは、闇(争い)のない世界です。
でも、陰陽論で世界を見るとした時、この世が本当に平和になるとすれば、それは平和であり、平和でもないという状況になるはずです。
この「平和であって、平和でない世界」とは、具体的にどんな状態なのでしょう。平和(平穏)は、 陰陽の真ん中(中庸)を表している場所で、台風の目の中のような状態です。
人類であれば、お互いに依存しなくなり、人類が誕生しない状況が続けば、最終的には冒頭のような世界になるとに思います。
なぜなら、平和の有無とは奪い奪われる問題だからだと思うのです。それは人間だけではなく、生物は食うか食われるか、奪うか奪われるかの世界です。人間なら戦争、ライオンなら狩です。
動物園にいる動物は、餌を与えられています。野生と違って、餌で争う必要はなくなります。喧嘩はあれど、基本的には野生の中で生きるより平穏です。
もし、人に依存しないでも生きられるような、支えてくれるような技術や未来ができるのならば、徐々に人類は減っていくのかもしれません。
依存のない世界ということは、人との間で増悪が生まれないということになります。それは、陰陽の接点が減るという事でもあります。
でも、人間が人間である以上は、色々な意味で、おそらく接点がなくなるような世界は難しいのでしょう。人間の感情的な部分であったり、自由意志の有無に関わる部分もあります。
でも、もしそうなれば、弱肉強食という光も影もなくなり、平穏という名の”無”が出来上がるのかもしれません。一方で、それまでの間にその技術を発展させてくれる人々や技術は必要になるという事にもなります。
二元論が存在する世界なら、水と油、水とインクの原理に似ています。それを光と闇とします。水と油なら、反発してわかりやすく陰陽に分離します。
一方で、インクと水は混ぜても殆ど元には戻りません。
でも、水とインクが混ざって新しいのものになれば、それは陰陽のグラデーションを表した模様のようなものです。グラデーションでも、どちらかには微妙に偏っています。
例えば、クッキーも陰と陽が合わさった物(お菓子)であって、クッキーを食べた人間はその影響を受けるということになります。そのクッキーは一枚であっても、何かしらの影響を与えています。
脳にとっては良いでしょう、幸せな気持ちになります。体にとってはいいかもわるいかもしれません、軽微でもどちらかに偏るはずです。
でも、美輪明宏さんが生前に、「美味しいものを食べれば不健康に、まずい物をたべれば健康に」という事をおっしゃっていた事があります。脳にとってハッピーでも、体には有害な事もあります。
体に健康ならば、脳にとってアンハッピーなこともあります。これも陰陽です。彼の正負の法則というのは、陰陽のことを言っているように思えます。
この世のどこかには、銃弾に怯える場所もあれば、煌びやかな場所もある。光があれば、影ができる。この法則によれば、戦争をしている場所があるから、平和な場所がある、幸せな人がいるから不幸な人がいる、そういうふうになってしまいます。
左足を動かせば、右に負担がかかります。左側は一歩先に進めますが、右側はそれを支えなければなりません。
陰陽がひとつになっても、結局また別の対象にとっての陰になり、陽になります。別の何かに吸収され、どちらかに属するという事になります。どちらかと言えば、暗い陽だったり、明い陰だったり、組織でも友人でも陰陽のグラデーションです。
本人にとって素晴らしい運気がくるのならば、その季節は別の人にとっては辛い運気になります。影を小さくするなら、建物自体も小さくしなければならないのと同じです。
でもこの世で生きている限りは、陰陽の融合を避ける事は無理でしょう。だから、仏教では解脱という言葉があるのかもしれません。
本人の幸不幸だけではなく、他者を思いやるのならば、実はどちら側にもならない方法を選択する事が重要なの事のようにも思えます。
理学で言えば、質量保存の法則から抜け出す事が重要になるのかもしれません。人一人がそれを達成していくことで、光も闇もなくなります。そうすれば、幸福な人が減る分、不幸な人も減ります。しかし、その方法は知ることはできないでしょう。
でも、光も闇もない世界とはどんな感じなのでしょうか?
それを算命学で言えば、空間も時間もない状態なので、完全なる無の世界です。無の世界というのは有の世界の前であって対です。
学者の間では、宇宙は最終的に静止したまま(フリーズ)の世界で終焉するという意見と、再び無の状態から有になって大爆発がおこり、銀河が再びできる(サイクリック宇宙論)という意見に分かれているようです。
陰陽を混ぜるのは動きです。人間の手で混ぜられることもあれば、何かの衝撃によって混ざることもあるでしょう。これは、上記の理論に似ているように思います。
水とインクの世界観は、宇宙の出来上がった構造と少し似ているかもしれません。
いずれにせよ、人類に解脱(輪廻転生)がなくても、地球の活動はやがて止まります。地球の水は干上がり、植物の光合成が行われなくなります。
でも、そのように未来が決まっている事が分かっているのなら、目の前にある小さな未来すらも、その中にあるのかもしれません。


